2日前にDリーグの方から嬉しい報せがきた。
6月の末に参加したD-league pre draft campの結果、11月に行われるドラフトの対象選手に選ばれたのでリーグと契約を結べるか、とのこと。
さて、僕の答えは?
「しかし、よく似た状況やな。あの時と…」
大学4年の秋にJBLの三菱電機からオファーを頂き卒業後に契約ということになっていた。しかし、旅行を兼ねて訪れたLAの地で僕のバスケット人生を変える出来事が起きてしまい、
帰国後、せっかくあったありがたいお話を自ら断り夢へと繋がるイバラの道を選択する。
LAでぶっこけ日本に帰国したときに運良く代表に選んでもらえバスケをすることができた。
再び渡米しNYで0から頑張り、マイナーリーグでもキャリアを重ね、bj-leagueを経て、今。これまでの5年間を振り返ると、本当にたくさんの方に支えられ協力してもらいながら、
自分はつくづく好きなことをして生きてこられたのだなと思う。もちろん貧乏で苦労もしたし局面局面では嫌なことガッカリするような事態にも遭遇した。
けれど、全体として見れば些細なことに過ぎない、その程度のものだった。
全ての始まりはやはりあのとき。今思えば本当に自分勝手で非常識なことをした。
夢をみることなく日本に残ることが筋なのかもしれないとも思った。一つ間違えば悪夢となってしまうような夢。
そんなものに理解を示し温かく背中を押し送り出してくれた。
もしあのとき僕の気持ちを理解してもらえず挑戦できなければ、どうなっていたのか…。
選手として人間としての成長はもちろん、今ほどバスケットに対しても真剣になれたのか。周りにあるいくつもの”当たり前”に感謝できるような人間になれていたのか。
下手をすると一生後悔することになっていたのかもしれない。
あれから5年。
信じられないことにこの度再び三菱電機からオファーを頂くことができた。Dリーグと契約をしこの時期に「Player Pool」と呼ばれる選手枠に入ることができれば、
仮にドラフトでピックされなくてもチームからオファーされる可能性は高いとも思う。
そして僕の答え。
前にもここで宣言したように、アメリカ挑戦はもうしようとは思いません。いろいろな人に支えられ今再びここに戻ってきた。とにかくその恩返しがしたい。
感謝の気持ちを込め三菱電機のために自分ができる精一杯のプレーをしたいと強く思った。
あのときの「スミマセン」の分まで。
今シーズンからJBL三菱電機ダイヤモンドドルフィンズのKAZ#10になります。
これまで経験させてもらったものをコートの中で皆さんに少しでも感じてもらえれば。そんなことを自分の中の一つの目標にしながらこれから精一杯頑張っていきます。
これまでお世話になった方々、応援してくださるファンの皆さん、本当にありがとう。