9.30in名古屋にて、ある男がその短い格闘人生の終焉を迎えようとしていました。

僕にとっては前夜に放送された2007K-1GP開幕戦よりも遙かに重要で意味のあるこの試合。
そう、これは中川家最強の長男(Get Over所属)による最後のキックボクシングの
試合だったのです。
兄ちゃんはこの試合で勝っても負けても引退することを決意しており、
これが本当に<最後の闘い>。

僕の体調の方はというと相変わらず、

百日咳菌が蔓延する空気の中で低空飛行を続けていましたが、
何があったとしても兄の最後の勇姿だけは目に焼き付けておきたいと思い、
下界との交流はインスタントマスクで完全に遮断した上で、一路名古屋へと向かいました。

そもそも兄ちゃんがキックボクシングを始めたきっかけは、

二十歳のときに愛するガールフレンドに失恋したことが大きな引き金となって。
結婚も考えていたせいか、立ち直れないほどの深いショックに打ちひしがれた兄ちゃんは、
「もうどうなってもええ!」と当時は自暴自棄になって荒れまくっていました。
しかし、意外にもそんな兄ちゃんのところへすぐに運命の出会いは訪れてきました。
もはやこうなっては家族がいくら反対したって言うことを聞くはずもありません(笑)。
新しい彼女は、「グローブ」と「サンドバック」でした。

サウスポーの兄ちゃんからくりだされる左のストレートはマジで見えません。

それは、かつて兄弟喧嘩で何百発とその拳の餌食になってきた僕の折り紙つき。
(しかし、本当に僕だけよく殴られたものです……。)
ジムの会長からもまだ始めて間もない頃に、
「今からでもきちんと取り組めば世界も狙える」と言われたらしいです。けれど、
仕事の関係もあったし動機もその程度のものだから本人もそこまではやるつもりはなく、
始めの頃は、仕事の合間を縫って気晴らし程度にトレーニングに励んでいるだけでした。

…しかし、あれから8年。

プロにもなった兄ちゃんとその周りの環境は大きく変わっていました。
この大会では、何と全9試合ある試合のうちのメインを飾り、
そして、そのリングサイドには固唾を飲みながら見守る最愛の婚約者までいます。
あの頃は、「もう2度と女は作らん!」と暴れていたのに…。

運命のゴングが館内に鳴り響き試合は始まりました。

バスケで多忙な生活を過ごしていた僕にとっては恥ずかしながら今回が初観戦。
「人間同士のぶつかり合いでこれだけえぐい音がするんや…。」
僕には衝撃過ぎるほどのとてつもない攻防がリング上では繰り広げられていました。
キックを始めてから兄ちゃんがきっぱり僕を殴らなくなった理由がようやく分かりました。

兄ちゃんの姿からこの試合に賭ける想いがひしひしと伝わってきました。

天国の母ちゃん、婚約者、その婚約者のお腹に宿る新しい命、
そして、何よりも自分のため。
たくさんの想いが兄ちゃんの拳には込められていたのでしょう。
「そんな兄ちゃんが負けるわけがない」
僕はただただ必死になって目じりが熱くなるのを堪えているだけでした。

そして、2Rの終盤にその瞬間はやってきました。

兄ちゃんの豪快な右フックが相手のあごをかすったと思った次の瞬間!

遂にあの見えない左が炸裂か!?
と思いきやこれは相手の心理を裏読みしたフェイントで、連打で右フックをお見舞い!!
その直後にようやく振り出された必殺の左は役目を果たさすことなく空を切りました。

足元には意識を失い倒れこんだ対戦者が。

見事なKO勝利でした!

リング上で歓喜のガッツポーズを決める兄ちゃん。
会場からは自然と兄ちゃんの名前をコールする大声援が沸き起こりました。

結局、兄ちゃんはデビュー戦以来、

公式戦では引き分けはあっても負けたことは一度もなかったらしいです。
なんだかそんなことが弟としてとても嬉しかった。

最初で最後の兄ちゃんの試合は、涙で幕を閉じました。

兄ちゃん、お疲れ。

あんたの背中はでかかったよ。
そして、何よりもこの日の兄ちゃんは強かった。

 


たくさんの方から僕の容態を心配してくださる内容のメッセージが寄せられてきました。

中には詳しく薬の種類や対処法まで教えてくださった方もいて非常に参考になりました。
皆さん、本当にどうもありがとうございました。
おかげさまで、まだまだ運動はできませんが少しずつ快方に向かっております。
1日も早く病から脱却できるよう、引き続きあまり考え過ぎない日々を過ごすことにします!