おそらく僕が日本バスケット界史上で最初に学生中にプロとなった選手じゃないかと思う。
聞こえは格好良いかもしれないけれど、軽はずみにコートに立った代償はあまりに大きく、案の定、強烈なプロの洗礼を一身に浴びて心も体も大打撃に見舞われてしまっていた…。
プロとしての自覚の欠如を痛感させられた当時。
「何か変わらないと…。」常に己を律し戒め、発破を掛ける、そして、自分の心の拠り所ともなる存在が身近に必要。
しばらく考えていた次の瞬間、電光石化の閃きに身を震わせることになる。
「…チョンマゲや!!」
これが、チョンマゲ誕生秘話。
実に、2005年1月にまで遡ることになってしまう。これまでのチョンマゲとの軌跡。
“ドラゴンテール”、“ラーメンマン”、“爆弾”、“ポニーテールギャングスター”…。それにしてもさまざまな愛称で呼ばれ、親しまれてきたものです。
雨の日も、灼熱の日照りの日も、雪の日も、たゆまず黙々と生え続けていた相棒。愛髷。
いつもありがとう…。髷に対する感謝の心を込めながらリンスを馴染ませる毎日が始まる。(シャンプーをしてもこれまではリンスなんて絶対にすることはなかったのに…。)
プレーしている最中にときおり髷から両目を攻撃されたり、口の中に侵入されたりと、
正直その存在を邪魔にまで思ってしまったこともあったけれど、それ以上に、その可憐で愛くるしい存在は、たわいもない日常にたくさんの幸せをもたらしてくれた。
しかし、この度。
遂にその愛髷と決別する覚悟を決めました。
一つの区切りを付けたケジメとして。そして、何よりも今の自分にはもう必要ないから。断髪式が執り行われたのは東京の某所。
その最初のハサミを入れる大役を務めてくれたのは友情出演の呉屋選手。途中、チョンマゲとの思い出が次々と蘇り、万感胸に迫る思いに駆られてしまったけれど、
それでも最期のときは晴れやかな表情で終えることができました…。
これでまた新たな道を歩いてゆける。チョンマゲは僕の心の中にのみ生えていればいい。
チョンマゲ君、今まで本当にありがとう。そして、さようなら。